里山で続く小さな集い、子安地蔵尊

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それは仲のよい女性たちの集いという言葉では伝えきれない、
小さく温かい、長く続く密な集い。

 

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氷上町にある安全山の麓にひっそりと祀られる常楽子安地蔵さん。
高い木々の中に隠れるようにあるこの場所では、
毎月23日に「炊き出し」と呼ばれる地蔵盆がひらかれます。

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御年77歳になる辻千恵子さんを中心に続いてきた地蔵盆の歴史は、
彼女たちが盆の準備に関わりはじめてから50年は経つそう。
それ以前は彼女たちのお義母さんたちが続けてきており、
窓ぎわにひっそり置かれる色あせた白黒写真がその歴史を物語ります。

炊き出しのお昼が振る舞われる和室も、
彼女たちが炊き出しに関わるようになった当時はバラック小屋でした。

「その時分はこんなにしっかりとしてなかったんや。
通路ができて、和室ができて、少しづつ今みたいになったんや。」と、辻さんは話します。
小さな変化も大きな変化も、すべて見てきた彼女たちの記憶は流れる空気にやさしく濃く残ります。

「昔はもっと大勢の人がきてたんや、隣の村からもいーっぱい!」と大きく腕をひろげて、
懐かしむように話すのは佐野一美さん。
当時の様子を思い出しながら目を細めて話す彼女の表情から、
さぞかし賑やかな宴だったことが窺えます。

地蔵盆を続けることを、誰も強いたりはしません。

それでも絶やさず毎月地蔵盆を行うのは、
伝統を受け継ぐということ以上に大切な意味がきっとこの集まりにあるから。
今、地蔵盆を担うのは辻さんを含めた6人の同世代の女性たち。

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photo | 炊き出しであまったご飯をたべる女性たち

お見合い、そして結婚を機に異郷へ移住してきた彼女たちは、
子育てをしながらお義母さんたちの見よう見まねで地蔵尊との付き合い方を学び、受け継いできました。

彼女たちが初めて出会ったのは、地蔵盆ではなく学校の行事ごと。
ふるさとを離れた女性たちが、子どもをとおして繋がりあう、
その時はまさかこんなに長く続く仲になるとは誰が予想できたでしょう。

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photo | 炊き出しの始まる時間を談笑しながら待つ女性たち

「その時分は結婚する時に、好きやー嫌いやーなんてなかったんや」
「そやで、親からこの人と結婚せえ言われて、ここはええとこやー思うて越してきたんや」
「今みたいにデートなんてしたことなかったわー」と、彼女たちは闊達に笑い合います。

そう話しながらも、地蔵盆の準備は手際よくすすみます。
まず一人が、大きな炊飯器で炊きあがったばかりのご飯から、
お地蔵さまへのお供え分を小鉢へ掬い、その小鉢をすかさずもう一人がお盆に載せてお地蔵さまの御前に運ぶ。
その間に、もう二人は地蔵尊へ寄付をしてくれる地元の人たちのお昼を御膳に盛りつけ
届けにでかけ、残る一人は使った食器を黙々と洗う。
一人一人の立ち振る舞いに無駄がなく、長い時間を経て体で覚えた準備の様子は、
見ていてとても清々しいです。

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地蔵盆は「6人だけの時もある」と、辻さんは言う。
時折、「先生」と呼ばれる人が顔を見せるそうで、「先生」が来た時は少しばかり賑やかになります。普段はひっそりと細々と、それでも毎月、地蔵盆はひらかれます。辛いことも楽しいことも分かち合いながら人生の半分以上を伴に歩んできた彼女たちは、これからも地蔵盆を続けていくのでしょう。それは、「お付き合い」ではなく、日々の暮らしにとけ込んだ、なくてはならない「集まり」。

お昼を食べ終わってからしばらくして覗いてみると、
そこには食後の一休みと卓袱台を囲んで横になる彼女たち。
それはまるで、近所の友達を超えた、気心知れた同志のような姿でした。

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| 子安地蔵のお地蔵さん |

近くの溝に埋もれておられたお地蔵様をかわいそうだと思い、地元の辻ちよのさんや辻たつのさんら有志の方々により、今の地に移され祀られるようになったそうです。辻さんは「偉い人たちはみんな近くの達身寺に祀られるけど、普通の人はそういうのがなかったんや。けどそんなのはかわいそう言うてここでまとめて供養されて、その内にお地蔵さんが国玉姫いう神様になったんや」と話す。参る時のお願いごとは、一つだけだと叶うそう。一人で参ってくれる分にはいつでも大丈夫、とのこと。場所は氷上町にある安全山の麓。近くに寄ったら耳を澄まして、和やかな笑い声の聞こえる方に歩いていってみてください。

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photo | 子安地蔵さん、国玉姫の神様

interview / writing : Haruka Tashiro